SF小説『三体』を読みました。
感想は、
とんでも妄想小説、むっちゃおもしろいやん!
続編が6月18日に発売されるそうなのでレビューします。
重要なネタバレがないように、慎重にご紹介(←これ結構むずかしい)。
まだ読んでいないあなたは参考にどうぞ。
三体のあらすじ
主な舞台は中国です。3つの物語が並行して語られます。
ひとつ目の物語は、文化大革命の粛清によって物理学者の父が殺された葉文潔(イエ・ウェンジエ)の物語。
彼女は人類に対して深い絶望を抱きながら科学者として生きています。
思いがけなく極秘プロジェクトを遂行する軍事基地で勤務することになった彼女。そこで人類の運命を左右するような出来事が起こります。
ふたつ目の物語はその数十年後、現代の中国が舞台です。
ナノテク素材の研究者である汪森(ワン・ミャオ)をとりまく物語です。
彼はある会議に招集され、世界的な科学者が次々に自殺している事実を告げられます。
科学を殺すための巨大な陰謀が動いている・・・。事実を探ろうとする彼の身にも科学的に決してありえないような怪現象が起こります。
「科学が殺される」これが小説「三体」の重要なキーワードです。誰が、なぜ、どうやって殺すのか。
「ぼくは何も知りませんよ。ただ、想像もつかない力が科学を殺そうとしている気がします」(p79)
三つ目の物語は現実世界でのものではありません。
汪森がプレイするVRゲーム『三体』のヴァーチャル空間での物語です。
異世界を舞台にしたシミュレーションゲーム『三体』では、文明世界を滅亡から救うのがミッションとなっています。汪森はのめり込むように『三体』をプレイし続けますが・・・。
3つの物語がやがてひとつにからまります。あきらかになる巨大な陰謀、それを阻止せんとする静かな戦いがはじまります。
三体の感想、三体の魅力
三体を読んでみての感想です。
ひとことで言うと、妄想力全開のダークな翻訳SF小説、でしょうか。
三体の魅力は3つ。
- 作者の妄想力がすごい
- 中国的要素が面白い(伝奇小説的)
- 翻訳が良い
(いい意味で)ケレン味たっぷりでストーリーが濃い。全体的にこってりした仕上りな小説です。
三体は妄想小説
本書の題名にもなっている「三体」というのは古典力学における「三体問題」に基づくものらしいです。
「三体問題」というのは、「互いに引力を及ぼしあう3つの物体の運動法則には解が存在しないのでは」という物理学の難問とのこと。
小説『三体』のタイトルでもある「三体問題(three-body problem)」は物語の重要な要素のひとつであり、汪森がプレイするVRゲームの名称にもなっています。
VRゲーム『三体』は人類史と異星文明をごちゃまぜにしたような世界がベースになっていて、ゲーム内に(地球の)歴史上の人物が登場します。
とにかくこのVRゲーム『三体』の舞台設定自体が妄想力全開なんですが、さらに『三体』世界で起こることが輪をかけてぶっ飛んでるんです。
ノイマンと始皇帝が協力して三体問題を解決しようとしたらそうなるのね~と、凄い妄想力で思わず笑ってしまうほどです。
それと後半、現実世界での物語でもっとぶっ飛ぶところがありましたよ。それ、やったらあかんやつちゃうの・・・ネタバレになるので書きませんが。
壮大な妄想小説、一歩間違えたらトンデモ本、これが三体の一番の魅力です。
三体は伝奇小説
三体には他の翻訳物のSFにはない不思議な雰囲気があります。
中国発の小説なので、中国的な雰囲気が漂っているんです。
中国的ってどんなんだよと言われると困るのですが、伝奇小説的というのがピッタリかも。
ちょっとダークな感じ、ゴシックロマンな感じがする怪異譚的なテイストがあります。
汪森を襲う怪現象とか、天空を覆う強大な●●とか、おどろおどろしくてSFなのかクトゥルフ神話なのかわからなくなります。
さらに中国の近代史(文革)が重要な要素のひとつとなっています。陰鬱な歴史のずしんと重い雰囲気が物語に厚みを与えています。
「歴史だ!歴史!今は新しい時代なんだ。あたしらのことなんか、だれが思い出す?あんたを含めて、だれがあたしらのことを考えてくれる?みんな、何もかもすっかり忘れちまうんだよ!」(元紅衛兵のことば p332)
ジャンル的にはファーストコンタクトものらしいですが、あまりファーストコンタクトは関係ないような気がします。今のところですが(三体は3部作の1作目)。
物理学、天文学、量子力学的なお話が出てくるのでハードSFということになっています。でも理系的な要素はメインのテーマではありません。
それらはお話を彩る面白要素のひとつ、ガジェットのひとつに過ぎないので、三体は全然ハードSFじゃないです。
どちらかというと冒険活劇的SFに近く、ストーリ性や登場人物の魅力で読ませる作品です。
登場人物はエンタメ的でいかにもなありがちな造形です。これは悪い意味ではありません。キャラが立ってて面白い、という意味です。
特にサブキャラの史強(シー・チアン/し・きょう)がとてもいいです。
たたき上げの無頼な警察官です。表面的には粗暴なんですが内面には熱い心があり、実は切れ者といういかにもなキャラクターです。
彼を主人公にしたスピンオフが読みたいなと思うくらい。
とにかく、ちょっと小難しいSFだという理由で敬遠する必要はありません。科学知識が無くてもハラハラ、ドキドキ、ワクワク楽しめます。
ちなみに、三体で登場する科学技術について詳しく知りたい人は日経サイエンス2020年3月号を読んでみてください。
三体問題、天文学、量子もつれについての記事があります。
ちなみにわたしも図書館で読んだんですが・・・あまりよくわかりませんでした。
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翻訳が素晴らしいのではないでしょうか
『三体』は日本での翻訳版発売後すぐに話題になりました。わずか1週間で10刷、発行部数は8万5千部となりました(わたしの本の奥付には2019年7月15日初版、2019日7月20日6刷とあります)。
翻訳物のSF小説がこんなに売れるなんてありえないことだと思います。2000円もしますし。
いろいろ要因はあるかと思いますが「翻訳が素晴らしい」のが理由のひとつではないでしょうか。
とにかく読んでて全く違和感がないです。もともと日本語で書かれた小説みたいです。
翻訳小説には翻訳っぽいぎこちなさがつきものですが『三体』には皆無です。
文法的には中国語はSVOの文型で英語的です。なので日本語化しやすいということもないでしょうし。
翻訳作業は非常に手間のかかるものだったようです。
中国語の原書を光吉さくら氏とワン・チャイ氏が翻訳し、その翻訳原稿をもとにケン・リュウ氏の英訳版『三体』を参照しつつ英日翻訳家の大森望氏が現代SFらしくリライトするというもの。
大森望さんのあとがきによると、どっぷりと『三体』にはまり込んでの翻訳だったようです。
・・・英語で書かれたふつうのSF長編小説一冊をゼロから日本語に翻訳するのと変わらない労力を投入して、『三体』と格闘することになった。
読書好きとしては、感謝、感謝、感謝しかありません。
久しぶり夢中になって読みました。翻訳者のみなさん、早川書房さん、幸福な読書体験の時間をありがとう。
細かなことですが、人名に日本語読みと中国語読み両方用意されているのがとてもいいです。
例えば汪森なら、「ワン・ミャオ/おう・びょう」という風に。
読者が違和感のない方を選べるようになっています。ちなみに私は日本語読みで「おう・びょう」です。
こういう表記の仕方は中国翻訳小説のデフォルトなんでしょうか?
よく知りませんが、とにかくどっぷりと物語世界に浸って欲しいという翻訳者の心づかいが感じられます。
作者は普通のエンジニアだった
『三体』の作者は劉慈欣(リウ・ツーシン/りゅう・じきん)氏です。
1963年山西省生まれ。発電所のエンジニアをしながらSF小説を執筆していたとのこと。
彼の子供時代はまだ貧しい頃の中国でした。暮らしていたのは河南省羅山県の小村で、その地方はとても貧しかったそうです。
子供たちはいつも腹ぺこだった。劉慈欣は靴を履いていたが、友だちのほとんどは冬も裸足で、春になってもしもやけが治らない。村に電気が通ったのは80年代のことで、それまで、明かりは灯油ランプが頼りだった。
<訳者あとがきより>
『三体』には作者が子供時代に経験した貧しい中国や文化大革命の圧政の記憶が色濃く反映しています。
かといって政治的なメッセージが強く前面に押し出されている小説ではなく、それらは『三体』を魅力的にする背景にすぎません。『三体』はあくまで純粋なエンタメ小説です。
中国なめてました、ごめんなさい
オバマ大統領も読んでいた
『三体』はオバマさんが大統領在任中に読んでいたことでも話題になりました。
インタビューでは「スケールが大きくて読むのが楽しい。これに比べたら議会との軋轢の日々など取るに足らないことに思えるほど・・・」と絶賛していたそうです。
よくよく考えたら、中国はおもしろトンデモ小説の宝庫の国です。
西遊記、水滸伝、封神演義とか冷静に考えたらかなりの妄想力ですよね。
なんてったって4千年の歴史です。
人も多い、国土も広いから、スケールもバカでかい。
わたしを含めた昭和世代の人間は、ジャパンアズナンバーワンは遠い昔なのに、いまだに中国を日本より下に見てしまいがちです。
『三体』を読んで、あらためて思い知らされました。
やっぱり中国はすごいです。
三体はヒューゴ賞長編部門を受賞
三体は本国中国で大評判となり、数々の賞を受賞したとのこと。
その後、英語圏で翻訳され、スマッシュヒットとなりました。
そして、なんとヒューゴ賞長編部門を受賞!翻訳書やアジア圏の作品が受賞するのは初めてのことで、これは快挙と言える出来事です。
英語版は100万部、中国では三部作の累計販売数が2100万部という化け物じみた売れ行きの小説です。
次回作はまもなく発売
三体は三部作です。
『三体』、『黒暗森林』、『死神永生』と続きます。
次回作『黒暗森林』がまもなく(2020年6月18日)発売されます。
『三体』は約420ページのボリュームでしたが、三体2『暗黒森林』は上下巻組です。三体の5割り増しくらいのボリュームとのこと。
ちなみに『黒暗森林』は三体で広げた大風呂敷をさらに広げる展開らしい。
ひぇ~、どうなんの。
超期待。(※上下巻とも購入済み、第1部を再読中のため未読)
『三体』を未読の方は、この機会にぜひ読んでみてはどうでしょうか。
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